悲しみジャニーβ版

ジャニヲタになるつもりじゃなかった飽き性こじらせBBAがジャニーズ楽曲についてひたすら壁打ちするよ!

アイドルファンとしてのアイドルの楽しみ方

この記事に関するレスポンスを頂きました。BBAがあーだこーだ喚いているブログにレスポンスなんて頂けないだろうと思っていましたが、神はいらっしゃったよ! というわけで『8UPPERS』も買ってみようと思います。しかし初回限定Special盤たっけーな! 渋谷すばるさんの演技がぜひ観たいので、買うとなるとやっぱり初回限定Special盤しか考えられません。ヤフオクで虎視眈々と狙おうとはしていますが、あかん、高すぎる。でも欲しい。

 

■で、そのレスポンスに関連して、まずは謝罪したい。本当にこれはご指摘の通り、聴いてもいないのにこき下ろすなよ、である。渋谷すばるさんのボーカルの存在感たるや、こんなアイドルどこ探してもいないだろう*1村上信五さんも正直音痴だとは思わない。あの大阪のおっちゃんのようなだみ声っぽい発声も、むしろ好きな部類に属する。

 

■で、そのレスポンスと関連したコメントに「楽曲派」なる新出単語が記されていたので、ググってみた。


「アイドル楽曲派ってなんだべ」 - 小娘のつれづれ

 

粗方いろんな記事を拝読し、私が出した結論は“楽曲派≒にわかファン、新規ファンの一種”である。要は、アイドルファンとしてのアイドルの楽しみ方を正しく経験していない人々だ。「アイドルファンとしてのアイドルの楽しみ方」とは何だろう。その前に「アイドルファン」や「アイドル」の定義をざっくり整理したい。

 

■アイドルとは、憧れを伴ったまなざしを向ける客体、要は「憧れの存在」と考えている。では、「憧れ」とは何か、その具体例を挙げてみたい。

  • 「こんな彼氏/彼女が欲しい」なる性的なまなざし*2
  • 「こんな子になりたい」なる同化願望
  • 「この人に癒される」「この人の仕事ぶりマジ凄い」なる癒しとしての役割や尊敬の念

癒しを求める行為を「憧れ」にひっくるめてしまうのはいささか乱暴ではあるが、上記のような「憧れ」が「応援したい」という情熱に火をつけ、テレビを観、ラジオを聴き、雑誌やCDを購入し、ライブや舞台に足を運ぶ、という消費行動に結びついていると思う。アイドルへの愛が深まれば深まるほど、消費行動にも変化が出る。初回盤、通常盤の複数購入。全国ツアー会場のはしご。アイドルに直接会える握手券を求めてのシングル大購入。その原動力は、愛だ。愛がなければ大枚は叩けないし、時間だって割けない。

 

■対する「楽曲派」、あるいはにわか、新規ファンは、アイドルのイメージを構成する一側面にしかフォーカスしていないため、消費行動も先輩ファンと比較して「甘い」のだろう。たとえば「顔ファン」。この単語がジャニヲタ用語なのかドルヲタ用語なのかは分からないが、アイドルのルックスをに重きを置いていると、アイドルのパーソナリティや仕事への関心は薄くなりがちだ。先輩ファンからすればケンカ売ってんのかこの野郎、であろう。あるいは「認知厨」。アイドルに顔を覚えてもらうことに重きを置いていると、先輩ファンから「信じられん」と呆れられること請け合いだ。私もこれはどうかと思う。そして「楽曲派」。楽曲のクオリティに重きを置くあまり、アイドルそのものへの関心は薄くなると思われる。先輩ファンに「アイドル本人はどうでもいいのかよ」と叱られるはずだ。パーソナリティ、ルックス、それぞれのグループが生み出すノリと特色とエピソード、ハイクオリティな楽曲を歌って踊るプロフェショナルなパフォーマンス、いずれも愛して初めてアイドルファンだ、という見解はあってしかるべきだ。

 

■個人的には楽曲だけを愛しているつもりは全くない。ただ、私が「エイター」として何が問題なのかというと、私の関ジャニ∞の捉え方、それによって引き起こるファンとしての問題行動だろう。私にとっての関ジャニ∞は、「同世代が頑張っている、私も頑張ろう」という日常の起爆剤であり、それは十二分に機能しているのだが、悲しいかな、楽曲購入・映像購入の動機としては弱いのだ(理由は後述します)。その結果、関ジャニ∞はお茶の間で楽しむだけにとどまっている、とても「ファン」とは言えない現状がある。いや、関ジャニ∞は大好きだ。彼らが私と同世代という点もあいまって、大半のメンバーに対して「この人の仕事ぶりマジ凄い」なるリスペクトは本当に抱いている。村上さんがJr.時代、よく泣いていたというエピソードには驚いたし、泣き虫少年がスタッフに愛される青年にまで成長する過程はリアルタイムで見てみたかったと後悔さえしている。それに、年下組がゲストで出演した『A-Stadio』を観てしまったら、もう尊敬しないわけには、応援しないわけにはいかん!

 

■ただ、彼らがゲスト出演した『ホンマでっかTV』や『Live Monster』を観る限り、「現在、関ジャニ∞という案件は割と難航しているのではないか?」という懸念が拭えないのだ。それこそ個人プレーは楽しく観賞させていただいているが、グループ単位での活動は、バラエティ番組はともかく、音楽やダンスパフォーマンスは観るのが怖いと躊躇ってしまっている。その結論に至る根拠は、ない。あるとすれば、デスマーチと化したプロジェクトに放り込まれて苦労した私のエンジニアとしての勘だ。関ジャニ∞から「危険な臭い」までとは言えないけれど、「何か変な臭い」がする。中長期的なビジョンというか、案件に携わる上でのコアな部分がメンバー間でうまく共有できていない気がするというか……私自身スタッフでも何でもない人間なので、あくまで妄想に過ぎないが、うーん、どうしても「今このプロジェクトに関わったら結構しんどいだろうな」みたいなわだかまり、「個人で活動している方が気楽そうだな」みたいな不安を感じ取ってしまうのだ。この根拠のない疑念さえなければ『関ジャニズム』も『十祭』のブルーレイも購入していただろう。この状態で果たして愛しているか?と問われると、ディープなファンを前にして「愛してます!」とはとてもじゃないが主張できない。そもそも「エイター」なる独特な呼称文化に戸惑っているというのに。

 

■私が関ジャニ∞に対して勝手に抱いている気持ち悪い妄想さておき、「古参」と「にわか」「新規」との間に発生するであろう摩擦は、例えるならば、新人プログラマ仕様書の読み方も知らない、プログラムなんて全く書けないどころか、名刺の渡し方、失礼でないメール・電話での応対など社会人としてのマナーを学んでいない状態で開発現場に潜り込む、IT業界の悪しき慣習と似ている。新人も現場の人間双方が辛い思いをするのが常だ。現場の人間は「何でこんな素人連れてきたんだよ使えねえな」とブチ切れるし、新人は新人で「何にも教えてくれないし、分からないことを聞いたら先輩が不機嫌になって黙り込まれる、マジ辛い」と袋小路に迷い込んで脱出できなくなる。先輩ファンの皆様、大変申し訳ありません。これからコアなファンを目指しますのでお許しを、そしてもうしばらくのご辛抱を……

 

■というわけで、注文していた『ジャニ研!』が届いたよ。大谷さんが作者の一人と聞いて楽曲解説を楽しみにしていたのだが、それ以上にジャニーズ文化の解説が大変興味深く、買ってよかったとしみじみ思う。そして、ジャニーズ・ファミリーなる文化の奥深さにうろたえているところだ。グレイトフル・デッドのファン文化と比較されちゃあもうね、その敷居の高さはヒマラヤ山脈並ですよ、ちょっと。

ジャニ研!: ジャニーズ文化論

ジャニ研!: ジャニーズ文化論

 

 

 

*1:2006年のコンサートではどっかの会場で『大阪ロマネスク』をアカペラで熱唱なさったというエピソードを目にした。これはマジで聴きたい。ブートレグがあればマジで欲しい

*2:アイドルに恋愛感情を抱くことが悪いことだとは思わない。ただ、「アイドルなんだから恋愛するな」という主張には賛同できない。