悲しみジャニーβ版

ジャニヲタになるつもりじゃなかった飽き性こじらせBBAがジャニーズ楽曲についてひたすら壁打ちするよ!

関ジャニのキャリア形成とブラック企業勤務地方在住者のリアル

■私のジャニーズとのファーストコンタクト、および、関ジャニにハマったきっかけを羅列。

 

■1990年代、ときはジャニーズJr.黄金時代。小学6年生に進級した私は、当時の日本のローティーンの大半に訪れるであろうジャニーズ症候群を三ヶ月間ほど患った。Kinki Kidsが華々しくデビューし、クラスメイトの女子の大半がジャニーズデビュー組やジャニーズJr.にのめり込んでいた時期だ。私がスクールカースト最底辺に沈殿していたのもあいまって、同級生の話題にしがみ付くためにアイドル雑誌を乱読した。とは言っても、小学生の小遣いで買える冊数などたかが知れている。Myojo、Poteto、Wink Upを集めるのが関の山だ。タッキーや怪談トリオ、ダブル高橋、小原裕貴秋山純など、Jr.の顔と名前を必死に覚えた。我が家の教育方針上テレビが禁止されていたため、テレビ雑誌を立ち読みし、観られない番組の概要を把握し、クラスメイトから排除されないよう気を配った。

 

■しかし、そんな無茶な努力も長くは続かない。私の興味はテレビでしか得られないジャニーズではなく、FMラジオで視聴可能な邦楽・洋楽に変わり、アイドル雑誌の購入費は音楽雑誌代にスライドした。クラスメイトとの交流を断念しても後悔しなかった程、UACharaBonnie Pink古内東子らの音楽は魅力的だった。この趣味の変遷は後に私をロキノン厨に進化させる土台となるーーー。

 

<

■とまあ、私にとってジャニーズは小学生時代のコミュニケーションツールでしかなかったのだ。それが、なぜ、今になって。しかも、国民的アイドルとなった嵐でもなく、再注目されているV6でもなく、男性人気のあるTOKIOでもなく、よりによって関ジャニ∞に。

 

■それは、私の近況が関係しているように思う。今夏、ワンマン社長のパワハラに耐えられずに自己都合退職をした。起業当初からコンプライアンス違反を行い続けた企業で勤務していたため、構築してきたキャリアは他社では通用しない。再就職がマジでうまくいかないのだ(現在進行形)。悩みに悩んでいたところ、偶然『月曜から夜ふかし』を目にする。かの村上信五氏が出演している番組だ。

 

■村上氏がジャニーズ事務所所属のアイドルであることは知っていた。お笑い好きの友人が村上氏を「下手な芸人より面白いアイドル」と評していたためだ。ハイヒールモモコ女史、西川ヘレン女史、矢野・兵藤の兵藤氏らとともに関西ローカル番組に出演しているという情報もその友人が教えてくれた。既にテレビのない一人暮らしを続けていた私は、番組の詳細も、村上氏の仕事振りも全く知らなかったため、「アイドルが大御所芸人に芸人として鍛え上げられているのか。ジャニーズらしい仕事させてやれよ、西川ヘレン女史と絡ませるのは少々酷ではないか」程度の感想しか抱かず、テレビを買ってまで友人が推す番組を観ようとはしなかった。つまり、私はつい最近まで村上氏について何も知らなかったのだ。そんな条件下で『月曜から夜ふかし』を観続ける内に、驚きの光景を目の当たりにする。

 

■アイドルとは思えないほど大阪色の濃いMC。マツコ・デラックスの表情や発言を汲んだ後に繰り広げられるツッコミ。不発する時こそあるものの、及第点は確実に超えている言葉のチョイスでスタジオを沸かせる技術。これが芸人ではなく、アイドルかと思うと、私のキャリアとは一体何だったのか……と自己嫌悪に陥り、一時期はマジで立ち直れなかった。

 

■村上氏のキャリア形成の土壌を探るべく、ネットサーフィンに勤しんだ。Wikipediaやキュレーションツール、ファンのブログを読み漁り、基礎知識は入手した。彼が関ジャニ∞というグループに所属していること(この時まで関ジャニ∞の存在さえ知らなかった。村上氏と錦戸氏以外のメンバーは名前さえ知らなかった。錦戸氏がNEWSと兼任していた事も初めて知った)、関ジャニ∞が相当苦労していること、苦労に苦労を重ね、村上氏がバラエティスキルを磨いたことーーー。

 

関ジャニ∞の苦労は、失礼は百も承知だが、私個人の境遇と重ねてしまう。彼らは「地方に生まれ育つことそのものがハンデ」を体感しているように思う。関西ジャニーズJr.時代、会社の方針で仕事が与えられなくなったというエピソードは私にとって他人事ではない。地方にはとにかく職がない。公務員 or 正社員 or イオンモールのレジ打ちのデッド・オア・アライブ感は首都圏在住の方にはなかなか認識してもらえないと思う。ようやく掴んだ内定先がブラック企業だと、もう末期だ。転職したくてもまともな求人がない。まともな求人を探しながらブラック企業に使い倒さる生活を営むのも相当な体力、気力を要する。たとえ東京に本社が置かれた企業に就職できたとしても配属先が地方であれば、本社でエリート教育を受ける機会はまずなくなる。エリート教育を受けた社員の何十倍も努力しないと、エリート社員が入社時に通過した出世街道のスタート地点にさえ立てない。関ジャニ∞は地方というハンデを乗り越えて全国レベルの売れっ子になったわけだ。そのサバイブ力、ぜひ見習うべきだ、私は。

 

■というわけで、以上が関ジャニにハマったきっかけならぬ、ただの自己紹介でした。あ、上述で村上氏を絶賛していますが、村上担ではありません。ハコ推しです。

 

■今後は関ジャニメンバーについて語ったり、音楽的見地から楽曲レビューしたり……するのかなあ。その前に就職しないと。